神明丸同乗取材から、求められる海技の本質を考える。

全日本内航船員の会 松見 準    

 平成15年5月4日、 栗林商船株式会社他、 多方面の協力を得てRORO式貨物船『神明丸』 での乗船取材の機会に恵まれた。現在、様々な広報活動の場面で不足している航海勤務中の船内写真を撮影することが目的であった。 今後、リーフレット等を通して内航問題を取り上げていくにあたっても、まだまだ情報収集が必要になってくることが予想される。また、小型内航船での人材育成が難しくなっている今、 神明丸のような大型内航船は日本船員の海技継承の場として期待されており、 教育機関等でも卒業生の即戦力化を目指し、 このコースタルと呼ばれる部門での乗船実習の検討を始めている。こういった観点から、現場の船員は現状をどのように考えているのか、また何が教育されるべきなのかを汲み取り、船員の側からの声も聞いておきたいと思った。  


 取材期間 平成15年5月4日〜6日  (東京品川〜名古屋〜東京品川) 
 神明丸  RORO式貨物船(12,676トン)
 苫小牧−釧路−仙台−東京−名古屋−東京−仙台−苫小牧
 全長  160.56M    垂線間長   150.00M    幅   26.00M

  朝霧でレインボーブリッジも霞んで見える品川埠頭に、 予定通りの一週間サイクルで入港する神明丸。
 早朝の静寂に綱取り用のサービスボートが走り、 埠頭全体に爽やかな緊張が拡がってゆく。


 無事船体が接岸すると間もなく、 ランプウェイの降下が始まった。 先程までしっかりと固定されていたランプウェイが大きな音をたてて動き出し、 響きわたる機械音が荷役の男たちの仕事が始まることを心地よく宣言する。

 接岸の様子は何処で何度見ても緊張感がある。 気まぐれに変化する自然現象の中で、 何トンもの物体が制御される様子は、 機械的でありながらコンピューターを越えた人間の六感的技術を感じさせる。 現場が新卒船員に求める即戦力とは、 一体どんなレベルのことを指すのだろうか。


 乗船中は作業着着用で船員に混じって取材を進めさせてもらうことにした。 午後には品川を出航し、 翌日には名古屋入港、 明後日にはまた品川に戻る。 各港での入出港時には必ず何処かの部署に立ち会うことにし、 乗組員の協力のもと広い範囲で撮影することが出来た。 ブリッジの様子は出航時だけでなく、 浦賀水道や伊良湖水道航路航行時にも撮影し、 航海中に深い濃霧にぶつかった時もその様子を記録した。  C/Oの特別な配慮もあってオモテ配置での撮影も実現し、 入港S/Bの様子から接岸作業まで、 緊張感ある資料が収集できたと思う。  エンジンルームでの撮影も、 出航時だけではなくMゼロ運転に切替える準備の500ヵ所以上にも及ぶ点検確認に同行のお誘いを受け、 船と船員の生活を守るエンジニアの仕事を理解しながら取材することが出来たことは、 非常に意味のあることだと感じた。 乗組員の方々のご理解、 ご協力に感謝する次第である。

 この乗船取材を続けていくうちに、 現場では乗船実習制度を受け入れる構えは、 随分前から出来上がっていたように感じられた。 それは、 船員の文化がもともとそういうものだからなのかも知れない。  まず船員自身が海技継承の危機を深刻に感じているという事実は、 日本の海運業界にとって一番の救いだと思う。 そして今回取材した神明丸の船体の広さも、 実習生を乗込ませるのに充分な余裕がある。 ただしこの恵まれた広さについては、 ある職員はこのように話す。

『例えば、 入出港時のオモテやトモの作業中には、 この広さはその分の危険を隠している事を忘れてはならない。』

 入出港時の作業は、 何が起こっても迅速に対処できることが求められ、 その時の気象条件などによっては思いがけない危険にさらされることもある。 船体が大きいということは、 それだけ動き回る距離も長くなるということで、 冬場の雪の季節等は、 また困難を生むことになるのだ。  現場から実習生が最初に学ばなくてはならないのは、 この仕事が危険であるという意識なのかも知れない。 何処にいると危険であるかを察知する能力を身に付けることが、 仕事を覚えていくための第一歩である。



 他に、 新卒者に要望する船員の思いとして、 これは色々な船で聞いたことであるが、 『職員養成の学校はあっても、 部員養成の教育機関が無い。』 という声だ。 少数人員で運航される内航船の現状では、 職員といっても部員と同じ仕事もこなせなければ仕事を一緒に進められない。 したがって新卒船員は、 卒業後初めてその職務の広さを知らされることになる。  ある職員は言う。

『学校の勉強は基礎であるから絶対に大切です。 でも仕事の上では基礎でしかないことも自覚してほしい。』

 学生のうちは、 海上法規等、 船を動かすことが船員の仕事だと思いがちである。 しかし現場に出れば、 積荷を気づかう心掛けが一番の仕事だと気が付くであろう。 例えば神明丸の場合でも、 RORO船ではあってもロールペーパーのバラ積みとシャーシが混載される為、 バラ積みロールペーパーの船体動揺による破損やシワ、 さらには湿気、 シャーシからの雨水や雪による濡れ等に対して非常に気を使うと聞いた。 これが現場なのだ。

 船員という仕事は、 船種が変わればまた勉強である。 しかし、 この積荷を気づかう心掛けは、 一人前の船員として持合わせておかなくてはならない心構えであろう。 バラ積みのロールペーパーがどういう仕組みで固定されているのか、 そのメンテナンスはどうなのか、 この心掛けが日々の行動に染み込んでいけば、 現場では知っておくべき事が次々と出てくることになるだろうと感じる。
 おそらく、 乗船実習制度によって現場が教育しようとするものは、 まずはこういった形の無いものかも知れない。 しかし、 それこそが日本の海技の根本であって、 未来の海技に繋がるものになり得るのだと思う。 そして、 現実的に現場が新卒船員に求める即戦力とは、 この即戦力船員へのベース (気質) が出来ているかどうかが問題なのかも知れないと感じた。


 しかし、 この差し迫った船員問題に妥協は許されず、 今後教育機関等には、 乗船実習制度やインターン制等という言葉が霞む程の、 海運界との交流を期待したいと思う。 この船員不足の問題を、 コンピューター制御を備えた船舶の開発から乗切ろうという考え方がある。 さらに定員を削ることが出来るというアイデアである。
  船員という職業が職人的要素を多くもつことから、 船員自身はこのコンピューター化をどのように感じているのか、 一人の職員に伺った。 すると、 意外な程あっさりと、
『便利なものであるのなら使ってみたい』 という答えだった。さらには、

『我々がこれを危惧することがあるとすれば、 それは船員がコンピューターに使われる事態になる恐れがあるような場合で、 船員の方がコンピューターを使う分には抵抗はない』
という事であった。 この柔軟な姿勢が、 日本の海技を支えてきた 「気質」 なのかも知れない。 時代を超えて、 なおも不変的に生き続けるこの 「気質」 に、 海技の正体をみる気がした。 そして彼はこう言って仕事の場へ去っていった。

  『でもコンピューターに離着岸は難しいかもしれない。 局地的な突風や潮の動きは人間には予知ができるが、 コンピューターでは起こった事態にしか反応できないのではないか。』


 海技は船員の文化そのものと言える。 古くから船員が船の上で継承してきたこの海技は、船内での生活の中の優しさや厳しさのなかにも垣間見ることができる。 また、洋上の過酷な自然現象は、これだけの大型船であっても命懸けの航海に変えてしまう程のものであり、当然、 船員の仕事は操船の他にメンテナンスの連続も重要な職務である。放っておいても機械が腐食していくような海上に生きる船員にとって、機械や計器を信じきるような日常は無い。
 内航問題に取組もうとされる関係機関は、 現在の海運産業を支えているのが、このような血の通った海技である事を、 よく認識したうえで具体的な方策を立てる必要がある。そして同時に、業界自身もそれをサポートする体制を持たなければならないと思う。

 最後に、 今回の同乗取材にご協力くださいました栗林商船株式会社松坂様、長沢様、取材に快く応じて下さいました神明丸乗組員の皆様、本当に有難うございました。また、取材実現にご尽力頂きました全日本船舶職員協会に対しても、この紙面をおかりして御礼を申しあげます。

 

参考付録資料

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