インターネットが内航船員環境に 及ぼす効果について     

             松見 準   全日本内航船員の会 
          平成6年 国立清水海員学校卒 元内航船員


                  機材協力:b-mobile 日本通信(株)

 内航船員の「労働生活」の中にインターネット環境が導入されていけば、どのような効果 が期待できるのか。効果のありそうな既存の問題を船員の立場からまとめ、問題解決から連鎖的に発生する効果 も踏まえてインターネット環境の必要性を報告します。

 内航海運界には様々な問題が山積していますが、その原因については、とかくその労働の特異性が強調されがちです。全日本内航船員の会では、内航船員がさらされている『閉鎖性』に焦点をあて、問題解決を提案します。

 一言で閉鎖性と申しましたが、調査分析の結果、少なくとも4つの閉鎖的環境があげられると思われます。
@ 陸上社会からの分断による閉鎖的環境
A 船主がそれぞれ独自に様々な基準を設けている閉鎖的環境
B 同種積載船であっても船舶ごとに蓄積したハウスルールで稼働している閉鎖的環境
C 構成する船員の極端な高齢化からくる新卒船員の孤立と閉鎖的環境
 これらの問題解決にインターネットの特徴とされる『ボーダーレス』が、どのような効果 を及ぼすのかを順に考察していきます。

@ 陸上社会からの分断による閉鎖的環境
 陸上からの地理的分断は船舶労働の性質上しかたのないことですが、近年になって陸上生活者との情報獲得の機会の格差は益々大きくなっています。陸上社会ではADSL、光ファイバーと、すでにインターネットは社会的な家具の一つになろうとしています。買い物から旅行手続き、就職活動の情報収集など、インターネット環境がないということだけで様々な機会を得られないばかりか、その結果 、この情報格差がそのまま経済的な貧富の格差へとつながっていくことは、しばしば問題視されるところです。
 これから乗組もうとする新卒船員の多くは、すでにこの情報化社会に育った世代であることを考えると、突然の環境の変化に不便と戸惑いを感じるのは当然だと思います。
 インターネットによって陸上社会と情報を共有することは、船員が待ち望む休日を有意義にすることへもつながり、船員に活力と自主性を持たせることになります。内航問題の解決がなかなか進まない背景には、船員自身が活力と欲求をあきらめざる得なかったことも要因としてあり、この活力があれば現状がどうであっても若い船員は確保していけると思います。
 年配の船員の場合も、自分のスキルが退職後どのように活かせるのかを自身で模索する機会が生まれ、今後の海事クラスター(マリタイムジャパン)にも貢献されてくことが期待できます。

・船員自身による問題解決への自主性活性化
・新卒、若年船員の確保
・様々な機会の獲得
  →海事クラスターへの貢献

 追加参考資料

我が国、陸上社会でのインターネット普及状況
 我が国のインターネット利用者数は、ここ数年で急速に増加を続けている。総務省が行った通信利用動向調査によれば、平成13年末における我が国のインターネット利用者数(注1)は5,593万人(対前年比18.8%増)と推計され(注2)、1年間で885万人の増加を示し、人口普及率(注3)は44.0%となっている。平成17(2005)年には、インターネット利用者数は8,720万人に達するものと見込まれている(注4)。
  

 また、インターネットの世帯普及率については、平成12年末の34.0%から平成13年末には60.5%と全世帯の6割を超え、世帯でのインターネット利用が急速に進んでいることが分かる。インターネット事業所普及率についても68.0%と対前年比で20ポイント以上も増加し、また、企業普及率は97.6%と、既にほとんどの企業で利用されているなど、インターネットの普及は着実に進んでいる。
  

*1 事業所は全国の(郵便業及び通信業を除く。)従業員数5人以上の事業所
*2 「企業普及率(300人以上)」は全国の(農業、林業、漁業及び鉱業を除く。)従業員数300人以上の企業
                            各図表は総務省「通信利用動向調査」をもとに、全日本内航船員の会が作成


(注1)ここでは、「インターネット利用者」を、「インターネット(ウェブまたは電子メールのどちらかのみの場合も含む。)を、自宅・自宅外を問わず、パソコン、携帯電話、携帯情報端末、家庭用ゲーム機、インターネット接続機器を設置したテレビ受像機により利用している人」と定義している。
   平成13年末における我が国のインターネット利用者数の推計手法は以下のとおり「通信利用動向調査」での郵送アンケート調査において、自宅の内外を問わず、
  1)パソコン
  2)携帯電話・PHS・携帯情報端末
  3)家庭用ゲーム機・インターネット接続機器を設置したテレビ受像機のそれぞれからインターネット(ウェブ閲覧又は電子メールのどちらかのみの場合も含む。)を利用している人の年代別の比率を集計し、我が国の年代別人口構成比に合うように補正。この比率に平成13年末時点の全国の6歳以上の人口(11,959万人)を乗じ、インターネット利用者数5,593万人を算出。
(注2)平成13年のインターネット利用者数は6歳以上を対象として推計。なお、平成12年のインターネット利用者数は、15歳以上79歳以下、平成11年までの利用者数は、15歳以上69歳以下を対象とした推計であり、前年比較は厳密なものではない。
(注3)人口普及率は、インターネット利用者数5,593万人を平成13年時点の我が国の全人口推計値12,718万人(「我が国の将来推計人口(中位推計)」(国立社会保障・人口問題研究所、平成14年1月) )で除すことにより算出した。
(注4)将来推計は平成13年版情報通信白書による。
                                      〈総務省情報通信統計データベースより〉

A 船主がそれぞれ独自に様々な基準を設けている閉鎖的環境
 内航海運界の大半が499t、199t型の小型船から構成されており、その多くが家族的零細企業によって運営されています。これらが所有する小型船の多くは乗組員僅か4〜5人の定員で運航しており、乗組員の中には船主の家族船員もいればマンニングからの派遣船員もいます。船主が様々な基準を独自に構築するに至る背景には、こういった現場の実状が少なからず影響していると思われます。
 船主、企業は当然現場の把握に努めようとしてきましたが、その情報源として家族船員からの報告に頼ってきたところが多いにあります。家族船員が必ず船舶職員という立場で乗組んでいるとは限らず、その場合、勤務する船員の評価を法的知識の未熟な部員が任されていることになります。
 このような実態の中にあって、すべての船員が家族船員と同等、あるいはそれ以上の労働を要求されることになり、結果、内航船員の労働基準は法的な制約よりも各船主、企業の独自の基準によるところが多く、業界内でその基準の格差は非常に大きなものになっています。
 これらの違法実態が改善されていくには、法的知識のある船舶職員と船主との間に情報を共有するしくみが必要になってきます。これまで船主は、家族船員の下船帰省中に船内の報告を受け、人事などの参考にしてきましたが、今後、船舶にインターネット環境が導入されることになれば、船舶職員からの生の情報が船主に届くことになります。
  多くの内航問題の解決には、船主と船員の「共通理解」が不可欠であり、将来的にはインターネットを利用して情報共有を目的としたサーバーマシンを設置することも可能です。船員にとっても労働の契約概念を再認識し、責任とやりがいを実感できる環境になります。また、当直制で忙しい船舶労働にとって、都合のいい時間に情報のやり取りをしておけるE-メールは最適なものになります。
 この「共通理解」があってこそ、その延長に、法に基づいた普遍的な労働体制が模索していけるものと期待します。

・共通理解→船主と現場による現場改善
・船員の労働意識の実感→責任感、やりがい →普遍的な労働体制の模索

追加参考資料
   内航海運の重要性とその構造
  
*図表は国土交通省平成12年度資料(輸送機関別シェア)と
 運輸省海上交通局平成11年度資料(内航船の船形別船腹量)から全日本内航船員の会が作成

B 同種積載船であっても
     船舶ごとに蓄積したハウスルールで  稼働している閉鎖的環境

 内航船労働に一定のマニュアルが作られ、標準化を実現することが出来れば内航界全体の活性につながります。しかし現実には、内航船労働を画一的なマニュアルにまとめることは非常に困難だと言わざるえません。
画一的なマニュアル化を困難にしている要素
 【積荷の違い】
  油タンカー、セメントタンカー、コンテナ貨物からRORO船等、積荷の違いからくる労働の違いは、荷役作業から保守、操船まで幅広く絡んでくる。
 【航路・サイクルの違い】
  船員の生活のリズムは航路・サイクルによってつくられていく。
  1日に2ポート入港することが日常的な船舶もあれば、1日航海しても目的地につかない航程をいく船舶もある。出入港時には全員が配置につく必要があるため、おのずと睡眠は当直以外の航海中に少しずつとることになる。マニュアル化から、更に船員の生活リズムに負担を加える恐れがある。
 【船体構造の違い】
  プロペラやラダーの種類や数の違い、主機関の違い、サイドスラスターの有無等、装備の違いだけでなく、船舶の運動性能はその船形や長さ、重量等でも大きく差がでる為、マニュアル化は困難。入港時にフェンダーを出す位置すら特定できない。

 そもそも船員の仕事はマニュアル化とは対照的な職人的職業であって、船員に要求される性質は、刻々と変化する自然現象の中で迅速に適格な判断が出来るかどうかです。また、こういう部分に船舶労働の魅力があるともいえます。
 したがって船員の多くが基本的に好奇心が旺盛で、様々な体験談、対処法を欲している性格があります。これらの条件から導くことのできる『標準化』は、画一的に収めるマニュアル化ではなく、『船種を越えた情報のボーダーレス化』から実現すると提案します。
 インターネットによって様々な船舶間でコミュニケーションが図られていけば、間違いなく船員の技術、質の向上につながり、船種を越えたグローバルな知識をもった船員も誕生します。
 結果、優れた技術を持った船員はより良い環境の船社へ移りやすくなり、有能な人材が流動する程にまで活性化が進めば、企業側も標準的な環境を提供する努力を強化するメリットが生まれます。現状では、非常に優れた技能を持った船員であっても悪条件の中に埋もれています。
 このような海技に長けた人材が広く活力を発揮出来るような情報共有の場(インターネット等)が生まれれば、陸上企業との海事クラスター推進や若手船員育成にも大きな貢献が期待できるようになると考えられます。

・船種を越えた情報のボーダーレス化
 →グローバルな視野での標準化
 →船員の船種を越えた技術、知識の向上
   →優秀な人材の業界内での流動化
 →企業の船員獲得のチャンス
   →企業による環境改善のメリット
・陸上企業との海事クラスター推進
・若手船員育成の協力者発掘

追加参考資料
これまでの「標準化」で効果があると思われる例



 過去に船員災害防止協会が作成した冊子に、標準化から内航船の災害防止を目指したものがあります。
 「出入港作業と荷役作業中の災害防止に作業マニュアルを〜内航船の作業の標準化〜」(←左のもの)。
 内航で発生する全災害の半数を占める「岸壁に離着岸させる出入港作業」並びに「積荷・揚荷及び準備・後片付けなどの荷役作業」から、実際に起こった事例を紹介し、船内でのマニュアル作りを推進する内容になっています。
 インターネットによって多くの船舶間で情報のボーダーレスが実現していけば、船員同士で意見を交換しあう機会も生まれます。このような各船舶内での活動も、他船との情報と共有することでより発展したものになると思います。


現在、全日本内航船員の会が応援公開しているインターネットサイト『MARUSHIP CHANNEL』

  
                     http://maruship.chat-jp.com/
 船舶でインターネットを利用することはまだまだ困難ですが、インマルサットを使ったり、携帯電話を使ったりと、実験に励む船員はいます。
 全日本内航船員の会では今後の船員のインターネット環境実現に向けて、ひと足早く船員用掲示板サイト『MARUSHIP CHANNEL』を設置しています。
 同じ岸壁に入港している船舶であっても、船員同士の交流はほとんど無いのが現状です。寄港地付近の商店の話題から仕事の話まで、船員が自ら船員文化を活性化できるように考えて設置しています。

C 構成する船員の極端な高齢化からくる  新卒船員の孤立と閉鎖的環境
 平成11年の内航船員の年齢構成は、40歳以上の船員が全体の約73%を占め、特に50歳を越える船員は35.3%に及んでいるのに対し、20代、30代の船員がそれぞれ12.2%、14.1%と極端に少ない逆ピラミット型となっています。しかも、ここで重要なのは一部の船社が若い船員ばかりを配乗させて運航しているという構図ではなく、どの船社にも若手船員が絶対的に不足している構図だということです。
 つまり、若い船員へ世代交代が実現した例すらあまり無く、モデルとするビジョンも定かでないのが実状なのです。
 実際に港へ出向き調査をすると、大型内航船には若い船員が1、2名乗っていることがあっても、小型の内航船にいたっては殆どその存在を確認できません。元々経験的な技術を必要とする労働であるうえに、定員は限界レベルまで少数になっています。余分に新卒船員を乗組ませても現場で教育をすることは難しく、年輩の船員が気の毒に思っている話をよく耳にします。
 現時点であれば、ひとり何役もこなす程の有能な船員が現役で勤務しているにもかかわらず、その海技の継承がなされない事態は非常に残念なことです。
 この問題の解決には、法的なものを含め、教育機関等の問題、船舶環境自体の問題など多くの改善が早急に求められますが、今現在勤務する若い船員が直面している「孤独、孤立」の問題には、ある程度の対策がインターネットによって可能です。
 現在、船員になる者の大半が専門の教育機関出身者です。寮生活を経験し、協調性も養われた彼らの「孤独、孤立」感は、船舶内の極端な少人数と閉鎖的環境からくるものです。彼らは船舶内では孤独な立場にありますが、同じ境遇の仲間を多く持ち、情報に関しては昔からいる船員よりも広範囲に渡って網を張っています。現在は休暇中に互いの情報を交換するしかありませんが、インターネット環境によって乗船中からこういった環境が生まれることになれば、似た境遇の仲間同士で同じ課題を相談することも出来ます。現状で彼らの境遇を理解できるのは、特別な環境に置かれた彼ら自身しかありません。皆船員に憧れ、進学までして乗組んだのですから、出来れば退職なんてしたくはないのです。
 これからの教育機関では、内航海運界の現状をしっかり学生に伝えると同時に、学生自身に伝統的な我が国の海技を継承させてもらう使命と決意を持たせてあげてほしいと思います。その時、インターネット環境は必ず彼らを励まし大きな力になります。そして、彼らの持ってきた理想が、内航船員の文化として我が国の船員世界に根付いていく事を期待します。

・新卒船員、若年船員の確保
・船舶内での若者の意識向上
・内航船員自身による船員文化の活性化

 最後に、現在の内航海運界の現場には、自分の海技の継承を望んでいる熟練船員が存在することと、船員という生き方に憧れ専門の教育機関で協調性まで養われた新卒船員が存在することを強調しておきたいと思います。                                          (了)
追加参考資料

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